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東京地方裁判所 昭和37年(行)105号 判決

原告 田内善一

被告 麻布税務署長

訴訟代理人 那須輝雄 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告の昭和三五年分所得税について昭和三六年九月三〇日付でした更正決定を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三五年分所得税につき、譲渡所得金三九六万三、六〇〇円を含めて総所得金額五〇〇万一、四三一円、所得税額金一五二万六、七六〇円として確定申告したところ、被告は、昭和三六年九月三〇日付で、譲渡所得額を金一、七二七万四、一〇〇円と認定し、次のとおり更正決定したが、通知書には更正の理由はなにも記載されていなかつた。

総所得金額    金 一、八三一万一、九三一円

所得税額     金   八五二万二、九二〇円

過少申告加算税額 金    三四万九、八〇〇円

右更正決定に対する原告の再調査請求に対し、被告は、昭和三六年一二月二七日付で、「1あなたが証拠書類として提出した昭和三五年九月二日付の不動産売買契約書の実際作製日は昭和三五年一〇月三日であつて不動産取引の慣行よりみて真実性がない。2買受人山田興業株式会社について調査の結果売買代金は、金三、七〇三万円が正当と認められる。」との理由で、これを棄却し、東京国税局長は、昭和三七年七月三一日付で、「あなたの審査請求されました趣旨に基づき、取引の事実関係証拠書類等を審査しましたが、審査の対象となつた不動産の売買価格は金三、七〇三万円であつたと認められます。」との理由で、原告の審査の請求を棄却し、同年八月九日その旨原告に通知した。

二、前記のとおり、原告に対する更正決定通知書にはなんの理由も付記されていないところ、同通知書表面下段欄外に「理由は、裏面に記載してあります。」と印刷されていて、税務当局において自ら理由を記載すべきことを定め、また昭和三四年一一月六日付国税庁長官通達では、更正の根拠が一般に理解できるよう具体的に理由を付記すべきものとされているのみならず、そもそも、更正処分を争うには、法定の期間内に再調査の請求、審査の請求をしなければならないのであるから、そのため更正の理由を納税者に示す必要があり、行政処分が恣意に行なわれることを防ぎ、その慎重さと合理性を担保し、処分の相手方に不服申立の機会と便宜を保障するためには、処分理由を明示しなければならないことは当然の事理であつて、これを欠く本件更正決定は違法である(最高裁判所昭和三六年(オ)第八四号昭和三八年五月三一日第二小法廷判決)。

さらに、再調査決定、審査決定の理由は、前述のとおり極めて抽象的なものであつて、何人をも首肯させるに足りるような認定経過、根拠の説示を欠くものであり、これでは、誠実な審査を尽したものとはいえないから、違法である。

三、被告が、譲渡所得額として金一、七二七万四、一〇〇円を認定したのは、原告が訴外山田興業株式会社(以下訴外会社という。)に対し、東京都中央区西八丁堀三丁目一二番地の八宅地三五坪五合三勺(以下本件土地という。)を売却した際の代金が金三、七〇三万円であると認定したことによるものであるが、右売買価格は、原告申告どおり金一、〇六五万九、〇〇〇円である。

すなわち、原告は、本件土地を居宅用地として空地にしていたが、訴外会社がこれを不法に使用しようとしたところから同社と紛争が生じ、しかも居宅用地として周囲の環境が適当でなくなつてきたため、これを時価で同社に売却することとし、昭和三五年九月二日売買価格を金一、〇六五万九、〇〇〇円と定め、同日手附金として金一〇〇万円を受領し、契約書の作成及び所有権移転登記手続を三菱信託銀行株式会社不動産部に依頼し、同銀行の代行による所有権移転登記手続の完了した同年一〇月三日残代金九六五万九、〇〇〇円を受領し、同銀行に対し、右売買価格より算出される所定の手数料金二〇万円を支払つたものである。

右売買価格が時価相当額であることは、住友信託銀行株式会社不動産部が本件土地の時価を金一、一七二万四、九〇〇円と評価していることからも明らかであり、訴外会社が、被告の認定するように時価の三倍以上の金三、七〇三万円で買い受けたと認めることは常識に反するところであつて、被告の認定が訴外会社の申出に基づくものとすれば、同社において脱税その他経理上の不正を隠すため虚偽の申立をしたものである。被告の認定するように、原告において売買代金をいつわつたのであれば、取引につき三菱信託銀行のような堅実な金融機関を介在させず、秘密取引にしたはずであり、また、売買価格が被告認定のとおりであれば、同銀行において、手数料として金二〇万円ではなく、右価格に相当する多額のものを請求したはずである。なお、訴外会社は、本件土地購入代金として大協石油株式会社より、金三千数百万円を借り受け、本件土地に根抵当権を設定したと申し立てているが、登記簿によれば、昭和二八年八月一日以来の石油類の取引を担保するため、金一、六〇〇万円を限度額とする根抵当権が本件土地に設定されているに過ぎないから、この点からみても、本件土地の売買価格が被告主張額であると認定することは無理である。

四、以上の次第で、被告のした本件更正決定は違法であるから、その取消しを求める。

原告訴訟代理人は、以上のとおり主張した。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因第一項の事実及び同第三項の事実中被告が譲渡所得額を金一、七二七万四、一〇〇円と認定したのは、原告主張の売買の価格を金三、七〇三万円と認定したことによるものであることを認め、その余を争うと答弁し、別紙添付昭和三八年四月一七日付被告準備書面のとおり主張した。(証拠省略)

理由

一、更正処分の理由付記について。

原告は、本件更正決定の通知書には、理由が付記されておらず違法であると主張する。しかし、証人田内昭夫の証言によれば、原告は、昭和三五年分所得税の確定申告につき、青色申告書を提出することの承認を受けていなかつたと認められるところ、所得税法(以下の引用条文は、いずれも当時施行のものによる。)は、青色申告書について更正をした場合にのみ、その通知書に理由を付記すべきものとし(第四五条第二項)、青色申告書によらない確定申告についての更正の場合には、所得別の金額を付記するをもつて足りることとしているのであり(第四四条第七項)、青色申告書に対するものでない本件更正決定通知書(甲第一号証)に、理由の付記がなくても、それだけで、当然に、更正処分が違法となるものと解することはできない。原告は、青色申告書に対するものであるかどうかを問わず、およそ更正処分については、行政の恣意と不合理を排し、不服申立の便をはかるため、通知書に理由を付記しなければならないと主張するもののようであり、なるほど、単に納税者の利益保護の観点だけからいえば、すべての更正決定の通知書に理由を付記すべきことが望ましいことは否定しえないところである。しかし租税に関する更正処分のように、その性質上、大量の処分を比較的短期間のうちに行なうべきことが要請されるものについて、すべて理由の付記を要求することは、課税行政の能率を阻害し、ひいて徴税の実績に重大な影響を及ぼす結果となることは明らかである。従つて更正処分に理由を付記すべきものとするかどうかは、単純に、納税者の利益保護の見地からのみこれを決すべきものではなく、納税者の利益保護の要請と課税行政の迅速、能率的遂行の確保の要請とをいかなる形で調和させるかの観点からこれを決定すべきものである。前述のように、所得税法が、青色申告にかかるもの以外の更正決定については理由の付記を要せず、これに対する不服の申立を(再調査の請求、審査請求)をまつて初めて理由を付記した決定を行なうべきこととし(第四八条第五項、第四九条第六項)、ただ、青色申告にかかる更正についてのみ青色申告者を優遇することによつて青色申告の普及をはかる趣旨から、とくに理由を付記すべきこととしているのは、とりもなおさず、立法府が、納税者の利益保護の要請と課税行政の迅速能率的な遂行の確保の要請とを、このような形で調和させることと決定したことを意味するものであつて、この立法府の決定が互に矛盾する両方の要請の調和を考慮したものとして、それ相応の合理的理由があるものと認められる以上、裁判所は、かような立法府の決定を尊重せざるをえず、かような立法府の決定を無視して、納税者の利益保護の観点のみから、理由を付記しないことが当然に更正処分の違法事由となるものとする原告の主張は、採用のかぎりでない。もつとも、かくいうことは、納税者が所得の確定につき適正、合理的認定を受くべき法的利益をまつたく享有しないことを意味するものではなく、かえつて、当裁判所の見解によれば、理由の付記の有無にかかわらず、更正処分における所得の認定が、実質的に、適正、合理的なものと認められない場合には、そのこと自体が(更正決定において認定された所得額が、結果において、所得の実額に符合するかどうかとは一応かかわりなく)、適正、合理的な方法により所得の認定を受くべき納税者の法的利益を害したものとして、更正処分の違法事由を構成するものと解すべきものであるが、もともと、理由の付記は、所得の認定が実質的に適正、合理的なものであることを保障するための形式的、手続的手段であつて、理由を記載しないことが、当然に、所得の認定が実質的に不適正、不合理に行なわれたことを意味するものではないのみならず、前述のような更正処分の性質にかんがみれば、理由を記載しない所得の認定方法が当然に不適正、不合理な認定に当たるとの見地に立つて理由の記載を更正処分の形式的、手続的要件とするかどうかは、立法府の決定に委ねられているものと解すべきであるから、この点につき消極的態度をとつているものと認められる現行所得税法の下で、形式的に理由の記載がないということだけで、ただちに、適正、合理的な方法によつて所得の認定を受くべき納税者の法定利益が害されたということはできないものと解すべきである。なお、原告の引用する国税庁長官通達及び最高裁判所判決は、いずれも青色申告にかかる更正処分に関するものであつて、本件に適切ではない。

また、原告は、本件更正決定通知書(甲第一号証)の下段欄外に「理由は、裏面に記載してあります。」と印刷されていることをとらえて、これによつて税務当局は自ら理由を付記すべきことを定めたものであると主張するが、右述の国税庁長官通達が青色申告にかかる更正処分に関するものであることなどから考えると、右記載は、更正決定通知書が青色申告書に対する場合を含めて同一形式の用紙によるところから、この用紙が青色申告にかかる更正決定の用紙として使用される場合を予想して、かかる不動文字が印刷されているに過ぎないと解すべきであつて、このことを根拠として、青色申告書でない場合でも、理由を付記すべきものと解さねばならないものではない。

さらに、原告は、再調査決定及び審査決定の各通知書の付記理由が不備であると主張するが、原処分とこれに対する不服申立に対する決定とが、それぞれ、別個に抗告訴訟の対象となり、後者に対する抗告訴訟においては、原処分の違法事由を主張することを許さず、不服申立に対する決定に固有の違法事由のみを主張し得ることとしている現行法制(行政事件訴訟法第三条第三項、第一〇条第二項)の下では、再調査決定及び審査決定の各通知書の理由の付記が不備であるという違法は、本件更正決定の瑕疵となるものでないと解すべきである。そればかりか、当事者間に争いのない右各通知書の付記理由が「原告の提出した契約書等の証拠書類の記録は、買主方を調査した結果信用できず、右調査によれば真実の取引価格は、金三、七〇三万円と認められるから原告の不服申立は容れられない。」との理由で、これを棄却する趣旨であることは、当事者たる原告には容易に看取し得るところと認められること、問題の行政上の不服手続においては単純に一取引の取引価格のみが争われているに過ぎないことを考え合せればこの程度の理由の記載で、最小限度法の求める理由付記の要件を充たすものと解すべきであるから、原告の主張はどのみち理由がない。

二、売買価格について。

いずれも成立に争いのない甲第五号証、同第七号証、同第一四号証の二、同第一六号証、乙第一ないし第三号証、同第九号証、同第一六号証、同第一八号証、同第二二号証の一ないし四、同第二三ないし第二五号証の各一、二、証人山田厳の証言によりいずれも真正に成立したと認められる乙第四ないし第八号証、証人渡辺真一の証言によりいずれも真正に成立したと認められる乙第一〇号証、同第一七号証、同第一九ないし第二一号証、同第二六号証及び証人伊東利成(後記措信しない部分を除く。)、同山田房雄、同茂木健次、同渡辺真一、同山田厳の各証言を総合すれば、本件土地の売買の経緯は、次のようなものであつたと認められる。原告の所有していた本件土地(東京都中央区西八丁堀三丁目一二番の八宅地三五坪五合三勺)は、山田興業株式会社(以下訴外会社という。)が所有し、石油販売施設を設置して営業をしている土地に隣接していたところから、訴外会社は事業拡張のためその取得を希望し、昭和二五、六年頃原告に対し譲受方を申し入れたが拒絶され、その後原告黙認のまま、訴外会社において本件土地を使用していたが、昭和三五年頃訴外会社が原告に無断で本件土地上にコンクリート工事をしたため、原告は、同年七月一二日付内容証明郵便(甲第七号証)をもつて、右コンクリートの除去と本件土地への立入禁止を通知した。そのため、再度訴外会社は、原告に本件土地の譲受を交渉したところ、原告は一坪当り金一〇〇万円で売却する旨の意思を表示したため、訴外会社は、右価格で買い受けることとし、同年九月二日原告に対し金一〇〇万円の手附を交付した。しかるに、原告は、一坪当り金一〇〇万円とは、税金を差し引いた手取り額をいうべきものといいだしたため、その後もしばしば交渉が行なわれた結果、売買価格は一坪当り金一〇〇万円の割合による総額金三、五五三万円に税金分として金一五〇万円を加算した合計金三、七〇三万円とすることに決定した。訴外会社は、右買受資金の調達を仕入先の東洋国際石油株式会社(以下東洋国際という。)を介して、大協石油株式会社(以下大協石油という。)に求め、大協石油は、訴外会社が従前スタンダード石油株式会社の石油を取り扱つていたのが、最近大協石油のものを販売するようになつたこと等の事情から、訴外会社に金三、五六〇万円を融資することを承諾した。本件土地の売買代金の授受及び登記手続については、原告が従前より三菱信託銀行と預金取引があり、さらに同銀行に原告所有の絵を売却、賃貸していたことがあつて親しい関係にあつたことから、同銀行に取引の代行を依頼したため、同年一〇月三日同銀行丸ノ内支店で行われることとなつた。大協石油は、訴外会社に対する融資を石油の販売経路に準じ、一応東洋国際に融資し、東洋国際からさらに訴外会社に融資する形式をとることとし、東洋国際の預金に融資額を預け入れ、東洋国際は、原告の申出に従つた訴外会社の希望により、金九六五万九、〇〇〇円(乙第二三号証の一、二)、金一、〇〇〇万円(乙第二四号証の一、二)、金一、五九四万一、〇〇〇円の三枚の小切手にして、係員茂木健次が同日本件土地につき大協石油のため抵当権を設定するため、三菱信託銀行丸ノ内支店に大協石油係員渡辺真一とともに、右小切手を携行した。同銀行丸ノ内支店においては、原告、原告の子田内昭夫、訴外会社社長山田房雄、同社専務山田厳、前記茂木、渡辺が出席し、同銀行不動産部伊藤六郎及び原告と親しい同銀行丸ノ内支店伊東利成が立ち合つて、先に交付済みの手附金一〇〇万円を除く残余の売買代金として前記小切手三枚と現金四三万円の合計金三、六〇三万円が原告に交付されたが、伊藤六郎が同日作成し、原告及び訴外会社が押印した同年九月二日付契約書(甲第五号証)には、売買価格は、金一、〇六五万九、〇〇〇円と表示され、訴外会社には、右契約書に表示された価格に相当する領収書が交付されたにすぎなかつた。大協石油は同銀行に対し、本件土地につき抵当権の設定を依頼した。大協石油より、訴外会社に対する融資の担保としては、本件土地につき元本限度金一、六〇〇万円とする根抵当権(乙第一六号証)、訴外会社の所有する石油販売施設について金五四六万円を限度額とする根担保権(乙第一八号証)が設定された外、金一、五〇〇万円について兼松株式会社の支払保証が当てられたが、後右支払保証に代えて訴外会社所有の土地、建物に根抵当権(乙第二二号証の一ないし四)が認定された。もつとも、これら担保の被担保債権としては、昭和二八年八月一日付石油類の売買契約に基づく債権と表示されているが、これは大協石油の従来の書式を踏襲したもので、大協石油と訴外会社との間においては、これら担保が前記融資に対するものであることを明らかにする念書(乙第一七号証)が交換されていた。原告は、本件土地の売買価格は契約書(甲第五号証、同第九号証は契約書控)記載のとおり、金一、〇六五万九、〇〇〇円であると主張し、証人伊藤六郎、同伊東利成、同田内昭夫の各証言中には同趣旨の供述があり、甲第八号証(三菱信託銀行作成不動産取引メモ)、甲第一八号証(同銀行証明書)、乙第六三号証(原告の意見聴取書)には、それぞれ同趣旨の記載があるが、いずれも成立に争いのない乙第二九ないし第三三号証によれば、前認定のように東洋国際が大協石油より訴外会社に対する融資金にあてるために用いた小切手の一枚額面金一、五九四万一、〇〇〇円(乙第二五号証の一、二)が、同年一〇月五日三菱信託銀行丸ノ内支店の「払方利子」なる既存の架空名義預金に預け入れられていることは明らかであるところ、証人伊藤六郎の証言(措信しない部分を除く。)によれば、訴外会社は同銀行と取引がなかつたと認められる(なお、証人山田房雄の証言中には、同銀行と取引があつたかのようにみえる供述があるが、その趣旨は、三菱銀行と取引があつたというもので、三菱信託銀行をいうものとは解し得ない。)のに、前掲乙第三一、同第三三号証によれば「払方利子」名義の預金口座は昭和三五年三月二一日に設定されており、しかも、同名義人の住所が「港区麻布狸穴」となつていることなどから考えて、右預金を訴外会社のものと認めることはできないのみならず、その他前記小切手を訴外会社が本件土地代金として原告に交付せず、他に流用したと認むべき証拠はなんら存しないこと、証人伊東利成、同田内昭夫は、原告には架空名義の預金はないと供述するところ、成立に争いのない乙第五〇号証、同第五三号証、同第五四号証によれば、三菱信託銀行丸ノ内支店の別段預金(売買代理)元帳に原告の普通預金に振り替えたことと記帳されている金額が中根一郎名義普通預金に入金されており、これから見ても原告は中根一郎の架空名義を使用していたことが認められること、その他前認定の事実に照らし、原告の主張に符合する前記供述及び書証の記載は、いずれも措信できない。また、甲第六号証によれば、本件土地の売買価格を金三、七〇三万円とすると、右価格は時価に比し相当に高額であつたことが認められるが、前認定の売買の経緯、とりわけ本件土地が訴外会社の事業の拡張に重要で、しかも従来原告黙認の下に使用できていたのが、禁止せられることとなつたこと及び前述のように、訴外会社が大協石油を取り扱うこととなつた事情から、大協石油より融資の便宜を受け得る地位にあつたこと等よりすれば、売買価格が時価を相当上廻ることも十分考えられるところであつて、右事実をもつて前記認定を左右するに足りず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

よつて、本件土地の売買価格は、被告の認定どおり金三、七〇三万円と認められ、この点の原告の主張も理由がない。

三、結論

以上の次第で、原告の主張はいずれも理由がなく、その他の点で本件更正決定が適法要件を具備することについては原告は明らかに争わないから、本件更正決定は適法なものと認むべく、原告の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

(別紙)

準備書面

被告は本件土地(中央区西八丁堀三丁目拾弐番地の八宅地三五坪五合三勺)の譲渡価額が三七、〇三〇、〇〇〇円(原告主張額一〇、六五九、〇〇〇円)であることについて次のとおり陳述する。

一、訴外山田興業株式会社(以下、山田興業という)は、本件土地の隣接地(同三丁目拾弐番地)でガソリンの小売業を営むものであるが、本件土地の譲受の昭和三五年当時、事業伸展のため敷地の拡張に迫られており、そしてまた、同年夏頃ガソリンスタンドの建設工事のため隣接地である本件土地にコンクリート工事を施したところ、原告より立入禁止の苦情申出があつたこと(甲第七号証参照)からこれを掌握しない以上事業の拡張は勿論、事業自体までも支障をきたすという切迫した実情にあつたものである。

それで山田興業は原告と譲渡の交渉した処、坪当り一〇〇万円で譲渡したいとの意向であつたので、相当な高値ではあるが、隣接地として好条件にあたり、大協石油株式会社(以下、大協石油という)から資金借入の見通しも着くことにより、これを譲り受けることにしたのである。

なお、山田興業は昭和二四、二五年頃にも原告と交渉をしているが不調に終つている。

そこで、山田興業では、昭和三五年九月二日に同会社の専務取締役である山田厳が知人の小久貫那蔵を同行して原告方を訪ね同人と接渉の結果、坪当り一〇〇万円にて譲り受けることに口約束を交すと共に内金一〇〇万円を原告に手渡し、その受領書を得たのである。ところが翌日に至り一〇〇万円の内金は頂いたが、坪一〇〇万円は手取り一〇〇万円である旨の新な申出がありて、価額についての再交渉が頻繁に行われ、漸くにして九月末頃に譲受額三七、〇三〇、〇〇〇円(坪当り一〇〇万円の三五、五三〇、〇〇〇円及び租税負担分一、五〇〇、〇〇〇円)で確定を見たのである。次いで売買契約書作成の日である十月三日に三菱信託銀行丸の内支店において、山田興業は、右価額より内金一〇〇万円を控除した三六、〇三〇、〇〇〇円を小切手および現金をもつて原告に支払つたのであるが、不動産売買契約書上、譲渡価額一〇、六五九、〇〇〇円(甲第五号証参照)としたのは原告の依頼によるものであつて、領収証も内金一〇〇万円を控除した九、六五九、〇〇〇円としたのである(以上乙第一号証、九号証参照)。

二、本件土地の譲渡代金は以上のとおり三七、〇三〇、〇〇〇円であることは、山田興業に対する融資先の東洋国際石油株式会社(石油の卸業にして山田興業の取引先以下東洋国際という)の茂木健次および大協石油(石油製造業にして右会社の取引先)の渡辺真一の両名が言明するように、両会社より山田興業は本件土地の譲受(債権者大協石油、債務者東洋国際連帯保証人、担保提供者山田興業)に当り三五、六〇〇、〇〇〇円の融資をうけて、十月三日の契約書作成の折三菱信託銀行丸ノ内支店において小切手参枚すなわち埼玉銀行東京支店振出の預手九、六五九、〇〇〇円および一〇、〇〇〇、〇〇〇円と住友銀行八重州支店振出の預手一五、九四一、〇〇〇円をもつて支払われたことは明かである。そして東洋国際の茂木健次の聴取によると小切手の振出銀行を二つにしたのは同社の都合によるものであるが、埼玉銀行振出の小切手を二口に分離したのは原告の希望に従つたのであつて、その一口は原告が本件土地の譲渡代金と主張する額から内金一〇〇万円を控除した額九、六五九、〇〇〇円(総坪数三五坪五合三勺にして価額一〇、六五九、〇〇〇円の場合坪当り三〇万円になり甲第六号証の鑑定書では、坪当り三三万円となつている。)に奇しくも一致するのである(乙第二号証、乙第三号証参照)。

他方、山田興業の経理面においても昭和三五年十月三日に東洋国際より長期借入金として借方に三五、六〇〇、〇〇〇円計上し(乙第四号証参照)、また借方に土地(本件土地)相手勘定貸方に仮払金一、〇〇〇、〇〇〇円(内金)土地代金支払八、一五九、〇〇〇円および租税負担分一、五〇〇、〇〇〇円(計九、六五九、〇〇〇円)土地代金未払金二五、九四一、〇〇〇円土地代金の現金払四三〇、〇〇〇円(以上計三七、〇三〇、〇〇〇円)三菱信託銀行に対する手数料一〇〇、〇〇〇円合計三七、一三〇、〇〇〇円計上し(乙第五号証参照)更に同月十一日に、右土地代金未払金二五、九四一、一〇〇円が同月八日に支払れた旨の経理を行つている(乙第六号証参照)。右十月三日の経理のうち、支払分九、六五九、〇〇〇円(土地代の一部と租税負担分)と未払分二五、九四一、〇〇〇円の二口に分けて経理されたのは表金の預手と裏金の預手に区分されたからであること(乙第八号証参照)と十月三日の契約日に名義変更等の登記手続の完了まで三菱信託銀行側で小切手を保管することの約束があつた事情によるものである。

三、従つて、本件土地の譲渡代金は、坪当り一、〇〇〇、〇〇〇円に租税負担額一、五〇〇、〇〇〇円を加えた三七、〇三〇、〇〇〇円が正当である。しかして、これから取得価額二、一三一、八〇〇円および譲渡経費二〇〇、〇〇〇円を控除した三四、六九八、二〇〇円から更に所得税法第九条第一項本文に基き一五〇、〇〇〇円を控除した金額の二分の一である一七、二七四、一〇〇円が譲渡所得となる(甲第一号証参照)。

よつて原告の主張は取引事実に反するものであるから失当として棄却さるべきである。

(注)

37,030,000円-(2,131,800円+200,000円)=34,698,200円

(34,698,200円-150,000円)×1/2=17,274,100円

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